彼が初めて教室に来たのは、一年ほど前だった。
公務員を受験するために、販売の仕事から事務系の仕事に転職しようかしないか迷っていた。
販売の仕事は日曜が出勤のため、日曜に多い公務員試験の1次試験を受けにくい。
私は、正社員になって1年目は公務員に合格しにくい例をいくつか挙げて、2年後を見据えて準備したらどうかとアドバイスした。
彼は、転職を選び、片道3時間の通勤が始まった。
案の定、春の公務員試験では、筆記試験には合格するものの、面接で苦杯をなめ続けた。
気の毒なことに、転職先は身の毛もよだつようなブラック企業だった。システム化すれば簡単に片付くような細かい仕事が山のように積まれ、女性上司が目の前で監視し、遅れると毎日長時間暴言を浴びせ続けた、らしい。教室に顔を出すたびに、削れていく。気の毒で見ていられない。精神を病む前に、もうやめたらどうかと勧めた。
しかし、短期間でやめると、公務員の道が遠のくと考えたのだろう。彼は夏を過ぎても、秋が深まっても、がんばり続けた。
そして、自分が住んでいない市の最終合格をついに勝ち取った。地元でない市は、難易度が上がるので、それも立派だった。
どの合格も同じように尊いし、うれしいが、彼の合格は、まさに命がけであり、ひと味違うものに感じた。